2016年4月30日土曜日

田中冬二 「つつじの花」

今年もまたつつじの季節になった。田中冬二という詩人の「つつじの花」という作品を思い出す季節でもある。田中冬二全集全3巻は京都に遊びに行った時に河原町の古書店で買ったものだ。同じ書店で井上靖「私の西域紀行」上・下巻、長沢和俊「シルクロード文化史」I・II巻も買っている。タシケントに赴任する前の一時帰国で中央アジア本を探していた。その時たまたま田中冬二の全集を見つけた。中学校の国語の教科書で読んで以来で懐かしかった。

「若葉した山の処々に
火のように燃えているつつじの花
麦の穂も出揃った
あかるい縁側で蜂蜜の壜に
レッテルを貼っていた
紫雲英の花の蜜であった
家の中で時計が十一時を打った」

2015年の4月にロンドンで観たイザベラ植物園のつつじが記憶に残っている。ロンドン西部にある広大なリッチモンド公園の中に森がある。外からは見えないような形の小さな渓谷全体がつつじに覆われていた。その風景を見て以来、何かが変わったような気がしている。4月の末からほぼひと月ほど数日ごとにその場所でつつじの群生の変化を眺めていた。こんなに美しいもののそばにいながらそれまで見たことのなかった自分の生活が少し変だと思った。死ぬ前に見たいものはまだたくさんあるはずだという気がした。1991年の1月に日本を離れてから四半世紀に及んだ海外生活に区切りをつけるタイミングを調整していた。その年の秋に日本に戻ることにした。

年が明けて2016年の4月は西鎌倉の母を送る月となった。庭に咲いていたつつじを手向けの花としたので、来年からは母を思い出す花になる。季節の花を庭で育てて居間から眺めるのが好きだった母は、自分で育てた色とりどりのつつじに囲まれて彼岸へと旅立った。49日の法要の後で成仏となるのだそうだ。ご縁が出来てから30年は遠方で暮らすことが多かったが、本当にお世話になった。合掌。



2016年4月1日金曜日

プーシキンの詩 アンナ・ケルンに

2003年の1月に職場の関係者大勢でモスクワに集まる用事があった。出発直前にタシケントの雪中ゴルフで背筋を痛めて大騒ぎしたのでこの旅のことは覚えている。寒気の中で十分に身体をほぐすこともなくクラブを振っていた。いくつめかのホールのティーショットで強振した途端に、引っ張られた背筋が元に戻らなくなった。なんとか帰宅し、大慌てで整体の先生に施術していただいた。とりあえず痛みは治まり、ロシアへの出張になんとか間に合った。

仕事が終わって同僚たちと訪れたミュージアムの入り口で、プーシキンの歌曲のCDを売っていたので記念に買ってみた。一曲目のピアノのメロディが気に入り、何の歌なのか知りたいと思った。ロシアのロマンスの訳にしばらく熱中することになるきっかけだった。プーシキン詩集は金子幸彦訳が岩波文庫にある。詩文として訳すのか、解釈文として訳すのかいろいろやり方がありそうだ。私なりの訳も試みてみた。

Я помню чудное мгновенье      あなたが奇跡のように
Передо мной явилась ты,        私の目の前に現れたのを覚えている

Как мимолётное виденье,       一瞬の幻のようであり
Как гений чистой красоты.       美の精霊のようでもあり

В томленьях грусти безнадежной    望みもなく打ちひしがれた
В тревогах шумной суеты,        煩わしいだけの日々の中でも
Звучал мне долго голос нежный     優しい声が聞こえた
И снились милые черты.         愛らしい面影を夢に見た

Шли годы. Бурь, порыв мятежный    幾年が過ぎ 激しい嵐に
Рассеял прежние мечты,         昔の夢は消えてしまった
И я забыл твой голос нежный,      優しい声も忘れていた
Твои небесные черты.          その面影も忘れていた

В глуши, во мраке заточенья      孤独な闇の中に囚われ
Тянулись тихо дни мои         日々は静かに過ぎた
Без божества, без вдохновенья,     祈りもなく 霊感も消え
Без слез, без жизни, без любви.     涙も 命のきらめきも 愛もなく

Душе настало пробужденье:     あなた
が再び現れて
И вот опять явилась ты,         
わたしの魂は目覚めた
Как мимолетное виденье,       一瞬の幻なのか
Как гений чистой красоты.        美の精霊なのか

И сердце бьется в упоенье,       心は喜びで波打ち
И для него воскресли вновь        祈りも 霊感も
И божество, и вдохновенье,       命の煌めきも 涙も 愛も
И жизнь, и слезы, и любовь.        私の心によみがえった