2015年10月15日木曜日

テニスンの詩「The Lady of Shalott」とJ.W. ウォーターハウスの絵

鏡の物語というのは世界中に存在している。グリム童話で白雪姫に嫉妬する継母の話は有名だ。ロシアの詩人マリーナ・ツヴェタエヴァにも鏡の世界をテーマにした詩がある。ロシア映画「運命の皮肉」(リャザノフ監督、1975年)の中で、全盛期のアラ・ブガチョヴァが吹き替えで歌っている。「くもった鏡を覗いて 靄のかかった夢の中から探りあてたい あなたの道はどこへ続くのか あなたはどこへ錨を下ろすのか」。

荒井由美が70年代前半に彗星のようにデビューしてすぐのアルバムの中に「魔法の鏡」という歌が入っていた。「魔法の鏡を持ってたら あなたの暮らし映してみたい」。 大川栄策が歌った「さざんかの宿」も窓ガラス越しの世界を見ようとしているのは共通している。「くもり硝子を手でふいて あなた明日が見えますか」。

ロンドンを離れる前にテート・ブリテンを訪ねてきた。1987年にロンドンを初めて訪れた時以来、このギャラリーのラファエル前派の部屋は気に入っている場所だ。ダンテ・ガブリエル・ロセッティ、バーン・ジョーンズなどどれも素晴らしいが、ウォーターハウスの「シャロットの女 The Lady of Shalott」も気になる絵だ。この絵は有名なので何度も観ているが、そのテーマとなっているテニソンの詩を読んだことがなかった。岩波文庫「対訳 テニスン詩集」で和訳が読める。シャロットの女はアーサー王伝説のキャメロット城が見える川の中洲に建つ塔の上の部屋に住んでタペストリーを織っている。

高い塔の部屋には大きな鏡がかかっている。この鏡に映る世の中を眺めながらそれを織物の柄にするのがこの女性の仕事だ。塔の一室に幽閉されているにも関わらず、彼女は鏡に映る影を通して外の世界を眺めている。それを解釈し、それを織物の柄として表現する行為である。彼女は塔の外の世界を、直接に見ることが許されていない。次第に鏡を通じて眺める世界に飽きてしまう。倦怠と不満はアーサー王伝説の騎士ランスロットを見た時に頂点に達し、彼女は禁を破って騎士を自分の目で直視してしまう。魔法の鏡は砕け散る。恋なのか好奇心なのか退屈だが穏やかな塔の部屋の中の世界を失った彼女は、小船に乗って川を漂って行く。死出の旅だ。

神話や物語をテーマにした絵を描いたウォーターハウスには「ヒュラスとニンフたち」、「エコーとナルキッソス」、「オデュッセウスに盃を差し出すキルケ」、「嫉妬に燃えるキルケ」などの傑作がある。どれも私自身のロンドンの生活の記憶や読んだ本と結びついている懐かしい絵ばかりだ。これらの絵の多くが水面に関係していることと、その水面には睡蓮が描かれていることが興味深い。


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