2015年5月8日金曜日

「キッズ・エコ Kids Eco」で教わりながら、ラフカディオ・ハーン「おしどり」を読む

2005年の2月に出版された「キッズ・エコ Kids Eco」(ソニー・マガジンズ)という本がある。著者はエコロジー・オン・ライン(EOL) という環境問題を考える団体のメンバーである青木一夫、黒須一彦の両氏。ケビン・ショートという自然環境学者・ナチュラリストが監修し、及川賢治という人がイラストを描いている。新潟県立長岡高校のクラスメートである青木君から、しばらく前にこの本をいただいた。この本は自然観察と研究にもとずいた面白知識が満載の本だ。子供向けの本なので各テーマが簡潔で平易に書かれている。それでいて、核心をついているので大人が読んでも面白い。

わたしは現在ロンドンに住んでいる。つれあいが昨年の秋から日本に帰っているので、2匹の犬の世話をし、散歩させるのは私の仕事だ。おかげで近所のチズイック・ハウスの池、バーンズ自然保護区に近いテムズ川の岸辺、車で20分ほどのリッチモンド公園などに行く機会が圧倒的に増えた。犬の散歩のついでに植物や水鳥の写真を撮るようになると、いろいろと知りたいことが出てきた。植物や水鳥の名前はウェブで検索したり、フェースブックに写真を投稿して友だちに教えてもらうこともできるが、それでもわからないことは残る。ある日、青木君の本を手に取ってみると、面白いだけでなく、とても役に立つことに気が付いた。いくつか最近の「目からうろこ」例を紹介してみたい。

1)「女装しているのカモね」(55頁)。

近所の公園にいるマガモ、キンクロハジロ、オシドリなどはオス鳥がものすごく派手な色の羽毛に覆われていて、メス鳥は地味な茶色の羽毛だ。「キッズ・エコ」によれば、カモは渡り鳥で北から南の地方へ冬になると渡ってくるが、その時にはオス鳥もメス鳥も似たような茶色なのだそうだ。冬の終わりから春になるとオス鳥はとても派手な色彩をまとうことになる。これは繁殖期を迎えつつあるオス鳥の色だ。色気ついて派手な格好をするようになる若者たちが、その前段階でわざと地味目の女装をするようなものだ。言い得て妙だ。地味な茶色の下にすこしだけ青い羽根があるところは学生服の下でお洒落する若者たちによく似ている。

この時期の水鳥はマガモでも、キンクロハジロでも、オシドリでもつがいで行動することが多いが、良く観るとオス鳥がメス鳥を追いかけてついて回っている場合が多い。この行動がオシドリでは特に目立つので昔から「オシドリ夫婦」という言葉があり、夫婦仲の良さを示す言葉にもなっている。水鳥のいる池で個体数を確認すると明らかだが、数の少ないメス鳥を放っておくと他のオス鳥に取られてしまうので必死でエスコートしているのが実態らしい。先日もリッチモンド公園の中にあるペッグ池というところで、1羽のメス鳥に56羽のオス鳥が殺到している場面に遭遇して、びっくりした。数分後に争奪戦はおさまった。このような事態を招かないためにオス鳥たるものは他のオス鳥を威嚇しつつ、しっかり自分のパートナーを守っているわけだ。

2)「鳥にも潜水のプロがいる」(54頁)

キンクロハジロという和名の水鳥も目立つ。黒白のタキシードを着て、大学の角帽の房がついているようだと覚えておけばすぐ見分けがつく。頭のてっぺんにある羽毛が後ろに向かって立っている。この鳥は英語ではtufted duckと言い、「房のついたカモ」という意味だ。それに比べると和名が冗談みたいだ。目が金色で、身体が黒い羽毛に覆われ、ちょうど白いシャツを着ているように胴の下の部分が白い羽毛で覆われている。全部合わせると「金・黒・羽白」である。この鳥を撮影するのは容易ではない、すいすいと泳ぎ回るスピードが速いだけでなく、じっとしたかと思うと、今度は小さくジャンプして飛び込んで潜水する。「キッズ・エコ」の説明によれば、こういう水鳥たちは骨の中がつまっていて重く、潜る場合は身体の中の気のうに貯めた空気を抜いて沈みやすくするのだそうだ。エサを取ったり、敵から逃れる時に潜水能力は役に立つ。これに比べ、空を飛ぶ鳥の場合には空気を貯める気のうだけでなく、骨の中も空洞になっているので身体が軽くなり、水に潜ることはできない。

3)「「オシドリ夫婦」は本当に仲がいいの?」(56頁)

「オシドリ夫婦」は仲が良いという俗説はどうも正確ではないらしい。「キッズ・エコ」によれば、オシドリのオス鳥とメス鳥の仲が良いのは産卵期の春までで、卵が産まれると、温めてヒナをかえし、育てるのはメス鳥だけだ。ロンドンの近所の池で観察した卵からかえったばかりのオオバンのヒナの場合でも、マガモのヒナの場合でも、確かに回りにいるのは母鳥だけだ。この時点でオス鳥とメス鳥は別れて、翌シーズンには別々のパートナーとめぐりあうことになるそうだ。したがって仲良く添い遂げる夫婦の代表例としては「ハクチョウ夫婦」などとするのが正しいそうだ。

オシドリ夫婦については昔の人が「仲が良い」と信じたのも無理はないだろう。オシドリは他の水鳥に比べても極彩色で目立つ一方で、木蔭に潜むのが好きで池の中央の水面に出て来ることが少ない習性を持つ。たまにしか見ないオシドリのカップルが去年と同じだったかどうかなどは、普通は判るはずもない。世界各地を旅した後で日本にたどり着き、日本女性を妻にして小泉八雲と名乗ったラフカディオ・ハーン先生は「怪談」という傑作を書いたが、この中に「おしどり」というとても短い作品がある。これはある時猟師がおしどりのカップルを見つけて、目立つほうのオス鳥が標的になり易かったせいか、猟銃で仕留めてしまう話だ。猟師としては当たり前の行動だ。ところがその晩になると、美しい女が猟師の夢の中に現れて、自分は殺されたオス鳥の女房であると言い、猟師への恨み言を述べる。次の日、気になった猟師がオス鳥を撃った場所に行ってみると、夢の中で美しい女が言った通りにメス鳥が待っていて、猟師の目の前で自らのくちばしで自殺する。猟師は殺生をしながら生きていくことを後悔し、出家するという物語だ。

現代の自然研究の成果を知って、ハーン先生はお墓の下であわてていらっしゃるだろうか?そんな必要はないだろう。たとえオシドリの夫婦の愛し合う期間が、後世の学者たちが発見したように短い一つの季節に限定されるものだとしても、愛するパートナーを目の前で撃ち殺されて、悲嘆にくれるメス鳥が、猟師を恨みながら、自ら命を絶ったとすれば、その愛はハーン先生が感じた以上に強く純粋なものだったことも十分にあり得る話だ。合掌。





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