2015年4月16日木曜日

浅田次郎 「終わらざる夏」

この本は2010年に出版され、その後、集英社文庫(上・中・下で三巻)に入っている。第二次大戦が1945年の815日に無条件降伏で終わったにも関わらず、北の果てのカムチャッカ半島に向き合う占守島(シュムシュ島)で、終戦の3日後の戦闘で死んでいった人たちの物語だ。終章を入れると9章に及ぶ長い物語だが、戦闘場面は終わりに少し出てくるだけだ。

自分たちの住んでいる土地が戦場になって犠牲になった人たちは気の毒だ。召集令状をもらって軍役について犠牲になった人たちも気の毒だ。だがこの小説の主人公とも言うべき3人の男たちももっと奇妙な形で気の毒だ。三人とも通常なら召集されないような状態にあった人たちだった。一人は45歳の東京外国語学校 (東京外大の前身)卒の翻訳書の編集者だ。もう召集令状が来る歳ではなかった。もう一人は医学専門学校から実力を認められて、帝大に移った医者で、通常なら召集免除となる身分だった。もう一人はすでに数回にわたり召集され、名誉の負傷もしているので、通常なら再々召集されるはずのない老兵だ。この三人は終戦が近いことを知っていた軍の上層部の密命により、やがて占守島が連合軍の攻撃を受けた時の対応要員としてわざわざ終戦間際にこの島に派遣されることになる。おまけに英語使いの主人公が、ロシアに近い前線における「来たるべき終戦交渉」に起用されたことでも、当時の軍の上層部に第二次大戦全体の戦況が把握できてなかったことが明らかだ。

この物語はおよそ召集されるはずのなかった3人の人間とその家族が、815日に戦争が終わり、間もなく自由な生活を取り戻すはずだったのに、「終戦後の戦い」で死んで行くに至るまでの戦時下の生活を淡々と描いている。三人三様でそれぞれ興味深いが、英語使いの主人公とその妻の戦前の出会いや戦中の生活が興味深く描かれている。この主人公は翻訳書の出版社に勤めながらいつかヘンリー・ミラーの「セクサス」訳を日本に紹介することを夢見ていた。そういう風に生きていた人たちの夢が淡々と描かれ、あるはずのない終戦後の戦いで突然中断されることで、静かな抗議の本になっている。何とも言えない強い読後感の残る本だ。

この本の中で数度にわたり、宮沢賢治の「星めぐりの歌」と「雨ニモマケズ」が引用されている。誰も泣き叫んだりしない、誰も大声で争ったりしないとても静かな物語の中で、死んで行く人たちの葬送の詩のように使われていて心に残る。

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