2015年2月10日火曜日

福永武彦 「廃市」について

半年に一度くらいFBで「好きな映画リスト」の更新を試みている。名画はたくさんあるので、たまたま観る機会があったものと何らかの形で自分に影響を与えたものに限定してのリストにすぎないが、そのリストに入った映画について他の人の思い入れを教えてもらうのが楽しい。またリストに入っていない映画を推薦してもらうのも楽しい。去年の夏に帰省した時に映画好きのIさんから大林宣彦監督の「廃市」(1983)を薦められ、VHS版を貸してもらったのでようやく観ることができた。

「廃市」の感想をFBで交換していたら、読書好きのSさんから「原作本を貸すので、読んだらどうか」と勧められた。日本に帰省していた一月の雨の降る日だったが、Sさんの仕事の昼休みに会いに行った。五反田駅近くの洋食屋で特製ハヤシライスを食べながらの初対面だった。繊細なソースと豪快な玉ねぎの組み合わせが記憶に残った。本を貸していただいたので、お返しに五藤利弘監督の映画「ゆめのかよいじ」と「マリーナのジャムは何故色っぽいのか?」について盛り上がったロシア映画「持参金のない娘」をお貸しした。

この映画は不思議な雰囲気に満ちている。魔法の国へでも流れ着くかのように舟で入って、最後に舟で出て行く設定も、地元の人々が歌舞伎を演じる船舞台の場面もとても印象的だが、登場人物たちの行動が謎めいていて、理解しがたいところがある。ヒロインを演じた小林聡美とその姉を演じた根岸季衣は好演しているが、この謎めいた雰囲気の作品で個性が生きているかというと疑問が残る。映画の中で、ヒロインにあたる妹は山下規介演じる語り手役の若者に「姉は美人だけど、わたしはおへちゃだから」と言っている。若い健康美と少し年上の幽玄な美しさの対比が監督の狙いと思われるが、この物語全体が滅びていくものの美しさなのでその設定は少し苦しい。原作本では気品のある旧家の美人姉妹と並んで、「かぼそい、しをらしい、もっとなよなよした美しさ」を持つ秀という女性が加わっての三つ巴で、滅び行く幻の街に咲く花々のイメージがある。映画では峰岸徹演じる姉の夫の心中相手となる秀の凄みのある美しさが際立っている。

福永武彦の「廃市」は6つの作品を収めた短編集として、昭和35年に刊行されている。お借りした昭和44年の第七刷の後ろには、三島由紀夫「春の雪」、高橋和己「我が心は石にあらず」、大江健三郎「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」などが並んでいて、懐かしい。冒頭の「廃市」の裏表紙に「。。。さながら水に浮いた灰色の棺である。北原白秋「おもひで」」と引用されている。

岩波文庫版の北原白秋詩集の上巻に詩集「思ひ出」からの「わが生ひたち(抄)」が入っているので、読んでみた。「わたしの郷里柳河は水郷である。さうして静かな廃市の一つである。」 その情景として旅びとや、廃れはてた遊女屋や、洗濯女や、三味線の音や、湯上りの素肌しなやかな肺病娘が登場している。そのようにして「変化多き少年の秘密」を持った詩人の魂を育んだ街こそが、水郷柳河であり、「水に浮いた灰色の棺」なのである。福永武彦の小説は北原白秋がみずからの故郷に対して抱いたイメージを見事に再現している。

大林宣彦監督の映画が製作された時点では故郷を舞台にした映画ができると歓迎した人々が「廃市」という題名に難色を示したそうだ。自分たちの住んでいる街が廃れていくというのでは縁起でもない。しかし、これは大林監督の言葉でも、福永武彦の言葉でもなく、柳河が生んだ巨人北原白秋に由来するものなので、失われた古き良き時代をしのぶよすがとして誇りにすべきものだろう。

2015年1月22日木曜日

内田樹「もういちど村上春樹にご用心」は面白い

村上春樹作品とは30有余年前の新人会社員時代からのお付き合いなので熱烈な蜜月時代を経て、「ノルウェイの森」以降社会現象にまでなってしまってからは次々と繰り出される新作を、なんとなく冷ややかな目で見る感じがあった。今でも好きな作品を3つ選ぶとしたら「風の歌を聴け」、「羊をめぐる冒険」、「国境の南、太陽の西」など初期から中期の作品ということになる。「ノルウェイの森」はいろいろまだ未消化の個人的な記憶を無理矢理思い出させられる部分が多くて、好きになれないところがある。それでつかず離れずの関係を維持してきたつもりだった。

そういう村上春樹の読み手の一人として、内田樹「もういちど村上春樹にご用心」(文春文庫)を読んでまいってしまった。この書評集、最初から最後まで面白いわけではない。どうでもいい部分も多い。ところが「「冬のソナタ」と「羊をめぐる冒険」の説話論的構造」と「境界線と死者たちと狐のこと」の2編を読むだけで、自分が村上春樹を好きだったし、今でも好きなことに明確な理由が存在することに気がつかされた。しばらく前に書いた「羊をめぐる冒険」と「砂の女」を比較した文章が精確なものであることについても理解できてしまう。内田氏の「辺境論」がベストセラーになった時にもそれほど心を動かされなかったのに、この村上春樹論では感服してしまった。

内田氏は「村上春樹はその小説の最初から最後まで、死者が生者の生き方を支配することについて、ただそれだけを書き続けてきた。。。それが村上文学の純度を高め、それが彼の文学の世界性を担保している。」と指摘する。言い得て妙。 冬ソナとの比較を論じた章の中に、村上作品の中での死者との問答について「この問答は「私は死んでいるのだが、正しい服喪の儀礼を経験していないせいで、まだ死に切っていないのだ」という答えを死者自身が見出すまで続けられる」という説明がある。また村上春樹を「雨月物語」の上田秋成の後継者として論じた章では「行き場を失った夢は境界を超えて現実に侵入してくる。」と解説する。これは五藤 利弘監督の「ゆめのかよいじ」の世界にも直結するものだ。突然異界に去る形で失われた肉親や友人や恋人と再会し、きちんとした服喪の儀礼をして死者の国に送り直す物語。それは世界中のどこでも理解される主題だ。

2014年11月26日水曜日

定本 種田山頭火句集 夜長に酒を飲みながら 

古い友人がはるばる持ってきてくれた郷里の酒を飲んだ。美味い。「月が酒がわたし一人の秋かよ」という気分で山頭火の句集を読み返してみた。懐かしい句もある。新しく気が付いた句もある。

分け入っても分け入っても青い山


また見ることもない山が遠ざかる


落ち葉ふかく水汲めば水の澄みやう


砂丘にうずくまりけふも佐渡は見えない


月夜あかるい舟がありその中にねる


かみしめる餅のうまさの夜のふかさの


少し酔へり物思ひをれば夕焼けぬ


山のふかさはくちつけてのむ水で

月のさやけさ酒は身ぬちをめぐる


寝床までまんまるい月がまともに




2014年11月19日水曜日

アントン・チェーホフ「イオーヌイチ」

チェーホフの小説を読んだのは仕事でロシア語圏の国に住むようになってからだ。太宰治とか伊藤整の本にチェーホフの名前が出てくるので漠然とした憧れの気持ちはあった。最初に読んだのは「犬を連れた奥さん」だった。主人公の独白の形を借りて繰り出される冷徹な人生観、中年男の倦怠、人生をどう仕切り直すのかなどをとても率直に論じている。この本以来、この作家を意識するようになった。

2008
年の夏をサンクトペテルブルグで過ごした時に「イオーヌイチ」のオーディオ本を買った。それから文庫本を読んだ。この小説の主人公イオーヌイチ君は医者になりたての好青年だ。地方の名士の家の一人娘に一目ぼれする。この18歳の娘の描写が瑞々しい。作者自身の初恋の記憶が混じっていそうな気がするほどだ。「表情はまだ幼くて、腰つきもほっそりとやさしかった。いかにも初々しくて、もうふっくらとしたその胸は美しくて健康そうで、青春を、まぎれもない青春を語っていた。」「彼女の生き生きしたようす、眼や頬のあどけなさに彼は魅せられた。」

勇気を奮ってイオーヌイチ君はデートを申し込む。ノートに書かれた娘の返事は「今夜や墓地で会いたい」だった。心ときめかせたイオーヌイチ君は指定された場所に向かう。明け方まで待ち続けた青年はこの夜、不思議な体験をする。「黒々としたポプラの一本一本に、墓の一つ一つに、静かな、すばらしい、永遠の生命を約束している神秘が宿っていると感じられる世界だった。」「これらの墓には、かつては美しく、魅力的で、恋に落ちて夜ごと愛撫を受けながら身を焦した女や娘たちがどれほど埋められていることだろう、と。」「目の前に見えるのは、もはや大理石の片らではなくて、すばらしいいくつもの肉体だった。彼は、それらの姿が恥らうように木かげに隠れるのを見、その温もりを感じた。」

すっぽかされたイオーヌイチ君は懲りもせず、燃え上がる気持ちで娘にプロポーズする。娘の答えは理路整然としていた。ピアノを弾くこの娘は芸術を愛している。娘は芸術家としての名声や自由に憧れている。平凡な奥さんとして家庭に縛り付けられるなんてまっぴらだ。やがて娘はモスクワに音楽の勉強に行く。

それから4年が経つととんでもない逆転が起きてしまう。娘はモスクワから戻るとかつての熱情から解放されて現実的な結婚相手が欲しくなる。太って貫禄も出てきたイオーヌイチ君は最適の花婿候補だ。それにかつては自分に夢中だった男だ。ところが墓場で娘を待ちながら何かしら哲学的に目覚めてしまったイオーヌイチ君はもはやかつてのうぶな好青年ではない。中年にさしかかり物事を斜めに見る癖のついたイオーヌイチ君には、自分とよりを戻したがっているまだ20代前半の娘が平凡な田舎娘に見えてしまう。

チェーホフ先生は美しい初恋の物語を何故こんなにも捻じ曲げてしまう必要があったのだろうか?自分自身のつらい失恋の体験をこのような形で総括したかったのだろうか?18歳の地方の娘が芸術に憧れ、都会で勉強してみたいという気持ちは誰でも理解できる。娘は悪くないのに、ここまで変わってしまう男の恋心とはいったい何だろうか?娘に裏切られたわけでもないイオーヌイチ青年の心に何が起きたのだろうか?そう考えると深夜の墓場で垣間見た永遠の美の世界を覗いてしまったことで、彼の心の中に現世的なものへの懐疑心が芽生えてしまったとしか考えようがない。これと言った結論があるわけでもないこの小説は淡々とイオーヌイチ君の生活を描いているだけなのだが、恋の儚さについて考えさせずにはおかない。怖ろしい本だ。
                 (引用はちくま文庫「チェーホフ短編集」松下裕訳より)

2014年11月15日土曜日

作家の妻たち 「回想の太宰治」と「高橋和己の思い出」に共通するもの

太宰治の夫人である津島美知子の「回想の太宰治」を読んだ。この本が出版されたのは1978年だ。高橋和己の夫人である高橋たか子の「高橋和己の思い出」が出版されたのは1977年なので一年違いである。小説家としての高橋たか子のファンだったのでこちらは刊行後すぐに読んでいる。いくつかの点で共通したものがある。高橋たか子は、本の冒頭から3つ目の「出会い」という文章の中で夫君の容貌について書いている。「主人は大変美青年であった。。。それは美貌と哲学的純粋さとでもいったものが融けあっている顔である。眼が澄んでいて、世間の一切から超然としているような気配がある」。  津島美知子も「御崎町時代、近くの女の子たちが「おさむらいだ、昔の人だ」などと太宰を見上げて囁き合った、いささか特異な、目立つ風貌である。」 と書いている。

高橋たか子は夫のことを「主人は自閉症の狂人であった」「閉ざされた宇宙の中で観念の積木遊びをしていたのだ」「生身の女である私を、母親の観念に近い抽象的なものであらしめようと望み、そんな快適な膜の中に自閉し続けたように私には思われる」と書いている。津島美知子は夫のことを「皮をむかれて赤裸の因幡の白兎のような人で、できればいつも蒲の穂綿のような、ほかほかの言葉に包まれていたいのである」と書いている。どちらも自分の夫に自閉症的な傾向があったことを指摘しているのが共通している。

高橋たか子はさらに書いている。「私は主人の小説を清書し続けた。口述筆記もした。私の手を通ることで完成したものの枚数は、合計すれば三、四千枚は
るだろう」。 「無名時代は私だけが全く無心に主人の文学を支持していたのであったが、有名になってからは無心有心を問わず沢山の支持者もできた。。。だが、私の支持がなくなってからの主人の作品は失敗作ばかりである」。  
津島美知子も新婚時代を描いた「御崎町」という文章の中で「この家での最初の仕事は「黄金風景」で、太宰は待ちかまえていたように私に口述筆記をさせた」と書いている。

高橋たか子がペンネームについて夫君に相談した時のエピソードが面白い。「高橋でいい、とむっつり言った。その時の主人の気持を、わたしはよくわかっていた。家庭という枠に納まらないようなところが私にあるのを主人は知っていて、高橋という名前で、家庭に納まらせたのだ、と私は思っている」。
津島美知子は夫君の乳母のたけさんという女性について「私には甲州という異郷にあって太宰が、小林さんや郷里のたけさんなど、自分を支持してくれる人の名を呼び続けていたような気がする」と本の冒頭から2つ目の「寿館」という文章で書いている。このたけさんについては本の中盤で「アヤメの帯 - たけさんのこと」という文章がある。この女性が美知子夫人が予想していたよりも若かったこと、雪の肌の持ち主であること、賽の河原の野宿の話などしきりと「おばさん」ではなく「女性」であることを強く意識した文章になっている。

この2の回想記、どちらも生き生きした描写で面白いが、妻たちから眺めた作家たちの横顔に共通点があることに注目しながら読むとさらに面白い。