2014年10月14日火曜日

サマセット・モーム「人間の絆」は面白い!

大学受験の文学史の参考書などで名前だけ知っている名作は多い。モームの長編「人間の絆」を半世紀も生きてから、読んでびっくりした。世の中にはまだまだ面白い本があると思い知らされた。「まだまだこれからだ」と元気になってくる。この物語の主人公フィリップは早くに両親を失くし、気難しい伯父の家に引き取られる。学校生活を束縛としか感じなくなり進学に興味を失くす。ロンドンの会計事務所の見習いになるがこれも続かない。進学のために遺されていた資金を使って、パリに出かけて絵の勉強をする。2年ほど自由な生活を味わってみるとそれにも幻滅を感じる。ロンドンで堅気の生活に戻ることにするが、会計事務所で宮仕えにはうんざりしたので、手に職をつけようと医学校に入る。

再開したロンドン生活で運命の女性であるミルドレッドに出会う。これから延々と続く二人の関係の描写が面白い。この主人公は彼女のことを最初から違和感を持って眺めている。いろんなことが起きて、辛い目に遭わされても彼が決定的にダメージを受けないのは始めからこの不思議なヒロインとは合わないことを知っているからだ。それなのにフィリップはこの女に魅かれる気持ちを抑えることができない。絵心のあるフィリップはこの女が投影するイメージが好きなのだ。それが必ずしもこの女の実体を映したものではないことに気がついているのか、いないのか男の優柔不断は続く。主人公はこの薄情けの女性にコケにされ続ける。


この長い小説が面白いのはやがて主人公の成熟とともに、この二人の力関係が逆転していくからだ。下巻の中盤で、二人の関係にクライマックスがやってくる。結婚に失敗し、子供を抱えてフィリップのところに転がり込んだミルドレッドが、この二人の長い付き合いを仕切り直すべく、この気弱男を誘惑にかかる。彼女としては彼の親切の意味が不明確なのも不安なので当然のことだ。これをやんわりと拒まれた彼女の逆上ぶりがすごい。実はこの部分に来るまでこの薄情け女にも、それに魅かれる主人公の気持ちにも感情移入できなかったのだが、この猛烈なミルドレッドの怒りの場面で印象が変わった。ミルドレッドの怒りに共感するのは何故か?趣味も性格も合わないのに魅かれあう二人の人間の関係を描いた途轍もない恋愛小説だからだ。


暴風雨が去ったような形で青春期以来のミルドレッドとの関係に区切りがついたフィリップの生活にようやく落ち着きと成熟が訪れる。この主人公は生まれつき足が不自由だったのに、この頃になると主人公も読者も彼の足の悪いことなど気にしていない。この長い小説の終わりも近くなって、もう一人のヒロインであるサリーと出会い、物語はハッピーエンドとなる。このあたりの物語はとても美しいが、この本全体の面白さに比べれば、おまけみたいものだ。


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