2015年11月26日木曜日

開高健記念館 で手にした本 「最強のふたり 佐治敬三と開高健」

茅ヶ崎の開高健記念館に行ってみた。東海道線の沿線に住んでいるのでふっと行きたくなった。「ベトナム戦記点」展をやっていた。この写真展が充実していたので足を運んだ甲斐があった。

もう一つの収穫は、この記念館で北康利著「最強のふたり 佐治敬三と開高健」を手にしたことだった。ほとんどの書評では、この本はビジネス書として扱われている。第一章と第二章はサントリー会長として1999年に亡くなった佐治敬三氏についてであり、他の章では佐治氏と小説家の交流が描かれている。小説家開高健が1989年に亡くなってから幾冊もの優れた評伝が書かれている。わたしにとっては谷沢永一著「回想 開高健」、菊谷匡祐著「開高健のいる風景」の2冊の印象がとりわけ深い。今さら目新しい開高健伝が書かれて、新しく世の中に出てくるような情報が出てくるというのは開高ファンとしては予想していなかった。

ところがこの北康利による新しい評伝にはこれまで読んだことのない話がいくつも登場する。第四章の「夏の闇」のヒロインのモデルになったとされる女性についての記述が凄い。これまでも菊谷氏による「開高健のいる風景」や編集者だった細川布久子氏の「わたしの開高健」などを読むとおぼろげに見えていた話が、この本の中で克明に記述されている。

第五章で開高健の学生時代からの盟友ともいうべき評論家谷沢永一と、開高夫人である牧羊子の関係についての記述も鋭い。この二人の中が険悪であることは谷沢氏の「回想 開高健」を読めば明らかだが、それは当事者の一方による言い分でもあり、また谷沢永一が開高健を盟友として愛する気持ちのあまり筆が走ったとも想像されるので、どこまでが客観的な話なのかと感じる部分もあった。この点について北康利の分析は冷静で説得力がある。

もう一つ第五章に出てくる話も興味深い。開高健の娘さんの学生時代にバイオリンを教えて、小説家の死後一年後にみずからの命を絶った女性についての記述は初めて読んだ。開高健の最高傑作となった「闇三部作」に出てくる女性像が必ずしも「夏の闇」のモデルとなった人だけではなかったという説を裏付けることになる。

この本のあとがきで著者は「最初は「佐治敬三伝」を書くつもりだった。」と書いている。そのための取材の中で開高健についての情報を入手してしまったので書かざるを得なかったのだろう。開高ファンにとっては必読の本となった。ありがたい。





















 








 



ナサニエル・ホーソーン「若いグッドマン・ブラウン」 29年ぶりの再会

生まれて初めて飛行機に乗って太平洋を横切ったのは1986年の夏だ。あれから29年になる。3年がかりで海外留学の準備をして、なんとか会社の派遣制度に合格した時は嬉しかった。大学院は秋から始まるのに、夏から派遣されたのには理由がある。会社としてもリクルート対策やら何やらで社員を派遣する以上は何とか落第せずに無事に大学院の課程を修了してもらいたい。ところが帰国子女でもない限り、仕事のかたわらでTOEFL、GRE、GMATなどの留学準備はなんとか間に合わせたとしても、自由に討論し、意のままに文章が書けるというレベルには程遠い。それで企業派遣留学の場合、大学院の始まる前に語学研修を受けることになっていた。今はどうかは知らない。

英語研修は6月からの8週間だった。研修地を選ぶことができたので米国東海岸のニューヘイブンにあるイェール大学の夏季講座を選んだ。秋からはフィラデルフィアなので、まったく同じ場所だとつまらないが東海岸の雰囲気に慣れておきたかった。夏の間にニューヨークにも時々は行きたいと思っていた。この英語研修プログラムはよく出来ていた。毎回作文を提出する授業と、時事ニュースなどを読みながらの会話の授業、課題図書を読んで感想を議論する授業があり、各授業ごとにレベル別のクラス編成だった。かなりの量の宿題が出た。こちらも秋以降のサバイバルが心配だったので、夜は図書館で身を入れて予習をした。

その時の課題図書の一冊がナサニエル・ホーソーンの「若いグッドマン・ブラウン」だ。読んでから授業に出たはずだが、どこが面白いのかピンとこなかった。これは必ずしも英語力の問題ではないと思う。同じ授業で使われた「グレイト・ギャツビー」は一行、一行真剣に読んだのですっかりスコット・フィツジェラルドが好きになった。海外の小説を原語で読むのがいつも良いというわけではない。優れた翻訳がある場合には速度についても、印象の強さについても圧倒的に有利なことが多い。さらに言えば世界には他の言語もたくさんあるから、すべてを原語で読むなんてことは不可能だ。ただし辞書を引きながら原文をゆっくり読む経験は無駄にはならない。好きな作品にぶつかった場合などはとても貴重な経験をすることになる。

「若いグッドマン・ブラウン」がずーと心に残っていたのは理由がある。同じクラスにYさんというとても素敵な人がいた。建築の勉強をしているご主人に同行して、ニューヘイブンに住んでいる女性だった。先生が「さて、この物語を読んでどんなことを感じましたか?」という質問で始まった議論の最後に、Yさんが手を挙げた。「この物語は、若者の通過儀礼(initiation) がテーマになっていると思います。」  わたしを含む10数人の他の生徒はポカンとしていた。先生は「自分がその教材を選んだ気持ちを理解できる生徒がいてくれて嬉しい」と言わんばかりの満面の笑みでYさんの発言に耳を傾けていた。

58歳になった自分がホーソーンの短編集を再び手にしたのは、ロシアの小説家がホーソーンの「ラパチーニの娘」という短編を基にして、「毒の園」という小説を書いたという記事を読んで、どう違うのか調べてみたいと思ったからだった。面白かったのでこの比較についてはブログを書いた。この短編集で「若いグッドマン・ブラウン」を読み、「僕の親戚モリノー少佐」を読むとこの小説家が「通過儀礼」というテーマに興味を持っていたことが良く理解できる。1986年の夏のYさんのことを思い出した。今も元気だろうか。

さらに「ブルフロッグ夫人」、「痣」、「ウェイクフィールド」を読むと、この小説家が自分と他者との関わりに強い関心を持っていたことが明らかだ。「ラパチーニの娘」という薬草園に住む美女に若者が恋をする話もその延長線上にある。この小説は怪奇小説として分類されているが、他者との関係性についての考察をした小説と読むのが本筋だろう。その点では「痣」という作品とも共通している。薬草園のある屋敷で美女は静かに暮らしていた。その薬草成分がこの美女の身体にしみ込んでしまう。それはそれで自然なことで特段の不都合はなかった。ところが隣りに越してきた若者と恋に落ちた途端に、この薬草成分が他者にとっては猛毒であることが問題となる。毒のある美しい花、棘のある美しい花は人間関係にとっても深い示唆を含むテーマであるような気がする。

ツクバトリカブト

狐の手袋(ジギタリス)

2015年11月23日月曜日

ホーソーン「ラパチーニの娘」とソログープ「毒の園」

615日号の週刊新潮の書評で川本三郎という評論家がロシアの作家ソログープの「かくれんぼ・毒の園」(岩波文庫、中山省三郎、昇曙夢訳)を紹介していた。文庫に収められた7つの短編のうちの「毒の園」を「耽美妖麗な逸品」と激賞している。学生が花園のある隣の家にすむ美しい娘に恋をするが、その娘には大変な秘密があって。。。という紹介文を読んで妙な気持ちになった。どこかで聞いた話のような気がしたからだ。ウェブサイトで調べてみるとソログープが1908年に発表した「毒の園」は、アメリカの作家ナサニエル・ホーソーンが1844年に発表した「ラパチーニの娘」を下敷きにしたものであることが既に明らかにされていた。竹田円という研究者が2008年に発表した論文でこの二つの小説の共通点がまとめてある。

数年前に買ったアメリカ短編小説選というCDの中に「ラパチーニの娘」が収められている。細かいところは忘れているので、阿野文朗訳の「ラパチーニの娘 ナサニエル・ホーソーン短編集」(松柏社)と岩波文庫に収められているソログープの「毒の園」を読み比べてみた。毒草園というと物騒な響きだが、薬草を研究している学者の家の庭に毒のある美しい花が咲いているのは自然な設定だ。この物語の悲劇はこの薬草園で育った美しい娘がいつの間にか毒草に対する耐性を身に着けてしまったことだ。これは悲劇とも言いきれない。この娘が特殊な体質のせいか毒草に対して抵抗力を持っていなければ彼女はとっくに死んでいただけのことだ。彼女は長い期間にわたる毒草との接触により、毒を蓄えた身体を持って生きることになる。

以上の部分と、この毒草園のある家の隣に越してきた若者が、美しい娘に恋をしてしまうところまでは二つの小説はほぼ共通だ。違っているのは美しい娘が毒に染まった怖ろしい存在であることを知ってしまった以後の若者の態度と、それぞれの話の結末だ。19世紀中頃に書かれた「ラパチーニの娘」では、娘が毒に染まっていることを知った若者はまず激怒するが、娘の話を聞いたあとでは気の毒に思い、解毒薬で娘を元の身体に戻そうとする。これが娘にとっては劇薬となり、娘は死に至る。

20世紀の中頃に書かれた「毒の園」の若者は全く別の行動を取る。美しい娘に恋をして、その身の上を哀れに思った若者は娘と一緒に死んでしまうことを望む。若者は叫ぶ。「私の渇望は刹那の出来心ではないのです!歓楽と恋の楽しい焔の中に焼かれて、あなたのやさしい足下に死ぬのが私の本望なのです!」この文句を書きたいばかりにソログープはほとんど同じ設定を使いながら、ホーソーンの小説の変化形を書いたのだろう。面白い。