2016年2月25日木曜日

多和田葉子 「夢という辞典」 (野谷文昭編 「日本の作家が語る ボルヘスとわたし」 所収)

ボルヘスという人の名前を知ったのは20代の頃に読んだ大江健三郎のエッセイだったと思う。栃尾ツアーで写真家のKさんのお宅を訪ねてスタジオを見せていただいた時に不思議な塑像が印象に残った。Kさんの「43年の夢」という写真集の中にもこの塑像は登場してくる。その時に机の上に置いてあったのがボルヘスの本だった。とても気になったのでジュンク堂でボルヘス本を数冊買い求めてきた。数十年ぶりの積読書へのトライなのでまずは本の読み手たちによる紹介本から始めることにした。それで野谷文昭編「日本の作家が語る ボルヘスとわたし」を読み始めた。編者を含む10人の作家によるボルヘス論集だ。

この本の中で2つめの「夢という辞典」という文章を書いている多和田葉子さんがボルヘスのことを様々なテーマで物を集める「収集家」と定義している。この収集家の採集場は図書館である。わたしのFB友だちにも図書館の専門家は数人いるので、時々本の分類についての考察やら不満やらについての投稿を見かけるが、多和田さんの解説が鋭い。あいうえお順でもなく、分野別でもなく、地域とか国別でもなく、個人的なテーマで本を集めて分類するとすれば解決策は一つしかない。自分の図書館を作ることだ。ボルヘスの場合は「夢」とか「幻獣」とか変わったテーマが多いので独特のコレクションの場所が必要になる。

アルゼンチンで読書家の両親の家に生まれたボルヘスは子供の頃から数千冊の蔵書に囲まれて育った。若い頃には市立図書館の司書として働いたこともある。晩年には国立図書館の館長も務めている。よほどの本好きらしい。小説家としても詩人としても名を成したが、「伝奇集」、「夢の本」、「幻獣辞典」など収集家の仕事のような題名の作品が多い。



2016年2月20日土曜日

津島祐子 「黄金の夢の歌」 

ビシュケクの街の中心には騎馬に乗った英雄マナスの像が立っている。この英雄物語を伝承してきたマナスチと呼ばれる語り部たちがいる。2008年の夏の日だった。日本の家庭料理店「亘」でお昼を食べていると日本センタ―所長の浜野さんがお客さんを連れてやってきたのでご挨拶した。津島祐子さんと同行の出版社の人だった。取材旅行に来られたのだそうだ。2010年4月のキルギス政変のしばらく前のことだ。2010年の秋になって日本から送ってもらった新聞切り抜きに「黄金の夢の歌」の広告が載っていた。キルギスが舞台の本だろうかという期待でさっそく日本から取り寄せた。

津島さんがキルギスを訪れ、首都のビシュケクから西端のタラスまでの旅したことが第2章から第4章にかけて描かれている。マナス像が立っている場所にかつてはレーニン像があったことや、フェルト製のカルパック帽のこと、馬乳酒のこと、移動式の天幕のこと、8世紀のタラスの戦いのこと、伝説の英雄マナスの奥さんの名前がカニケイだったこと、玄奘三蔵法師のこと、キルギスの嫁さらいの風習のことなどが淡々と描かれている。キルギスに住んだ人にとっては懐かしい気持ちを呼びさましてくれる本だ。この美しい国を訪れたことにない人にはとても良質の旅の手引きになるだろう。

マナスのキルギス、この著者の父祖の地である青森、アイヌの北海道、さらにはアレキサンダー大王のマケドニアまで歌を手がかりにしてユーラシア大陸の各地に旅する物語だ
。評論家の柄谷行人がこの本についてコメントしているのをウェブで見つけた。「黄金の夢の歌」の中に頻繁に出てくる蹄の音と、太宰治の小説「トカトントン」の中に出てくる擬音とに関連があるのではないかという指摘だ。親子の絆ということになる。不思議な感じのする本だ。