2018年1月24日水曜日

伊集院静「白秋」 

先日の教室の帰りにH先生と同道させていただく機会があり、様々な話を聞かせていただいた。由比ガ浜通りにある伊集院氏と所縁のあるK寿司の話題に及んだ。「「いねむり先生」など好きな作品はいくつかありますが、あまり数は読んでいません」という話をすると、「鎌倉を舞台にした小説がありますよ」と教えていただいた。アマゾンでポチると講談社文庫版が届いたので読んでみた。鎌倉の名所と季節ごとの花々がこれでもかと登場する。鎌倉散策案内としても読めそうだ。
阿木燿子さんの「名園のような小説」という随筆がついていて「鎌倉を舞台にしたこの作品は、古都の自然を借景に取り入れた名園のようだ」と絶賛されている。それはその通りなのだが、奇妙な物語でもある。主人公の男性が若い娘さんに恋をする物語だが、分量としては主人公を介護をする女性についての描写が多いだけでなく、とても魅力的でもある。ふーむと思案していると題名に意味がありそうだと気がついた。「白秋」というのは冴え冴えとした古都の秋かと思っていたが、これは違うらしい。青春、朱夏、白秋、玄冬という言葉があって人生の中盤以降でまだ枯れる前の時期を示すものらしい。
若い二人の純粋な恋は、作品中に登場する四季の草花のように美しいのだが、それでは何故この題名なのか?ヒントらしきものが著者あとがきに登場する。著者が出版社から恋愛小説を依頼され構想を練っていた時のことが紹介されている。鎌倉の山道で見かけた白い着物の老婦人と若者の二人連れ、K寿司らしい店で小耳にはさんだ危な絵のことをモチーフにし、変奏を加えてこの物語が書かれたそうだ。いくつもの夢が登場すること、登場する3人が、それぞれいつの間にか感情の強まりを制御できなくなること、やがて幻なのか現なのかの境目があいまいになってしまうこと。六条御息所の物語を連想した。

2018年1月15日月曜日

渋澤龍彦「毒薬の手帳」

今週のニュースでマンドラゴラの花の開花について報道されていた。まず金沢の読書家の友人から流れてきた。その翌日にTVで丁寧な解説番組の放映を観た。昨年12月に渋澤氏の「ドラコニアの地平」という没後30周年の回顧展が開催されたばかり。展覧会のカタログ巻末に登場するのは星月写真企画。現在お世話になっている鎌倉風景写真講座の社名だ。マンドラゴラは薬草でもあり、毒草でもある。それ自体ではどちらとも言えず、他者との関係で毒になったり、薬になったりするのは人間の関係に似ている。

昔の本棚にあった渋澤龍彦集成からの2巻は平均で3年に一度は引っ越した生活の中でとっくに処分してしまった。近所の書店で確認してみると河出文庫に山のように渋澤本が並んでいる。文庫本には「没後30周年フェア 奇才はよみがえる」とある。「毒薬の手帳」を手にとってみると第3章が「マンドラゴラの幻想」。ぱらぱらと第9章にあたる「毒草園から近代科学へ」を開いていると、露のソログープが米のホーソーンの「ラパチーニの娘」の変奏物語を書いていたことが書いてあった。


1986年の夏の研修中に「若いグッドマン・ブラウン」を読んだことが気になっていて、20年以上経ってからホーソーン短編集を読んだのがわたしの「ラパチーニの娘」との出会いだ。学生時代に高橋たか子氏を愛読していたので、この人のエッセイ集に出て来る澁澤本にも興味を持っていた。そういう風に積んでおいた記憶の中の本がいろいろつながった。

2018年1月12日金曜日

向田邦子「手袋をさがす」

年の瀬の夕方に真名瀬まで出かけた。葉山の漁港だが鎌倉からは車ですぐなので時折り出かけている。12月から2月頃までお天気が良くて風が収まった日には空気が澄んでいる。稲村ケ崎と並ぶ富士山撮りの名所だ。浜辺で撮影しているのは1時間足らずだが、防寒用の衣類を着こみ、ほかほかカイロを懐中に入れても芯まで冷えてくる。この時期の日の入りは4時半過ぎで、車で家路に向かうのは6時少し前だが真っ暗だ。凍えている手でハンドルを握りながらFMラジオを聴いていた。静かな声で「手袋をさがす」という随筆の朗読だった。オリジナルの文章を探してみると講談社文庫の向田邦子「夜中の薔薇」というエッセイ集の中に収録されている。1981年に51歳で飛行機事故で亡くなられた向田さんが、ご逝去の年の5年前に書いた文章だ。アマゾンで取り寄せて読んでみた。

学校を卒業したばかりの向田さんは初めての職場で「ただ漠然と、今のままではいやだ、何かしっくりしない」と感じて腹を立てていた。物の乏しい時代の冬は厳しかったそうだが、向田さんは、どんなに寒い日が続いても、気に入るのが見つからずに手袋無しですましていた。ある日残業をしていると、目をかけてくれた上司が「ひょっとしたら手袋だけの問題ではないのかも知れないねえ」とやんわり意見してくれた。そんなことをしていたら風邪をひいてしまうよという指摘は、そんな生き方をしていたら後悔するよという趣旨のお説教だったらしい。ここまでは職場のお節介オジサンが登場する普通の話だが、向田さんはその帰路に四谷から渋谷まで、寒空の下を歩き通して結論を出してしまう。翌日から求人欄の仕事探しを始め、その後仕事を転々としながら文筆で生計を立てるにいたる。

同じような気持ちで転職をし、それを繰り返した人がすべて成功したはずもない。若い頃を振り返った結果ありきのエピソードと割り引く必要もありそうだが、たまたま凍えた夜にFM放送で流れてきた物語だったのでしみじみと感じ入った。凍てつく寒さと題名から愛知県半田市出身の新見南吉が書いた「手袋を買いに」という童話を連想した。

「母ちゃん、お星さまは、あんな低いところにも落ちてるのねえ」とききました。
「あれはお星さまじゃないのよ」と言って、その時母さん狐の足はすくんでしまいました。「あれは町の灯なんだよ」

雪が降った山で、寒さに凍える子ぎつねの手を温めたいと願うことは親子に共通だ。母ぎつねにとって人間の住む町は怖ろしいところで、子ぎつねにとってはキラキラした星々が低く輝いている場所だ。町に降りたきつねは殺されてしまうこともあるだろうし、物語の世界で人の心に生き続けることもあるかも知れない。人生いろいろだ。何が正解で、何が失敗かなんて誰にも分らないことが多い。向田さんのドラマシリーズは大好きでDVDも持っている。もう読んだような気がしてしまい、これまで文章で読んだことがなかった。きちんと読んでみたくなった。