10歳違いのアントン・チェーホフとイワン・ブーニンがお互いを尊敬していたことが知られている。40代でチェーホフは早逝し、パリに亡命したブーニンは60代半ばでノーベル賞を受賞し、80代まで生きた。ブーニンの死後に「チェーホフのこと」という評論が刊行されている。ブーニンが70代で書いた「暗い並木道」という短編集は鬼気迫る傑作だ。ほとんどの短編に死のイメージがあるのは自らの死が迫っていることを自覚してのものだろう。鮮烈な性のイメージがちらつくのは死の訪れを意識した老人が若い日の恋を回想しているように思われる。いくつも心に残る作品がある中で「パリで」という作品は印象が強い。
この作品の主人公はブーニンと同じく革命後にパリに亡命したロシア人で、小説家自身に近いのだろうと思わせる作品だ。さらに面白いのは皮肉たっぷりの短い警句を発する主人公のイメージがチェーホフの傑作中篇である「犬を連れた奥さん」の主人公のイメージと重なる点だ。こちらは映画化されたのでDVDで観賞した。避暑地ヤルタを訪れた主人公はこれまでの自分の体験を踏まえて「女は下等な生き物」で困った存在だと考えているらしい。それでいながら女性に魅かれ続ける本人のほうがよっぽど困った人だ。そういう主人公がヤルタで出会った若いヒロインに恋をしてしまう。
この作品の主人公はブーニンと同じく革命後にパリに亡命したロシア人で、小説家自身に近いのだろうと思わせる作品だ。さらに面白いのは皮肉たっぷりの短い警句を発する主人公のイメージがチェーホフの傑作中篇である「犬を連れた奥さん」の主人公のイメージと重なる点だ。こちらは映画化されたのでDVDで観賞した。避暑地ヤルタを訪れた主人公はこれまでの自分の体験を踏まえて「女は下等な生き物」で困った存在だと考えているらしい。それでいながら女性に魅かれ続ける本人のほうがよっぽど困った人だ。そういう主人公がヤルタで出会った若いヒロインに恋をしてしまう。
「パリで」の冒頭でこちらの主人公も「美味しいメロンとまっとうな女を見分けるほど難しいことはない」という考え方の持ち主だ。妻に逃げられたことが今でも傷になっているという設定のこの主人公は女性に偏見を持っている。たまたま入ったパリのレストランでウェートレスをしているやはり亡命ロシア人のヒロインに出会う。このヒロインが親切に水差しをテーブルに置くと 「荷車が道をいため、女性が男心を傷つけるように、水は酒を台無しにする」 という警句でヒロインを呆れさせる。それでもこのヒロイン目当てにこの店に通ってくる主人公は「犬をつれた奥さん」の主人公によく似ている。
ブーニンもチェーホフも中央アジアのロシア語圏で勤務していた頃に熱読した作家だったが、2011年にこの地域を離れてから自然と距離ができていた。昨日突然「パリで」の記憶がよみがえってきたのは、帰省から戻る新幹線の待ち時間に長岡で日本酒の店に立ち寄ったのきっかけだった。米どころの地酒が自慢のこの店は、極上の酒を味わう合間にチェイサーとして水を飲むことを勧めている。あちらの世界でブーニンが知ったらびっくりしそうだ。
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