2016年9月3日土曜日

リンゴの気持ち ウイスキーの父竹鶴政孝と文学者伊藤整

しばらく前にNHKのドラマで脚光を浴びた北海道余市市は伊藤整の生まれた小樽市塩谷村に隣接している。この人の書いた自伝的小説「若い詩人の肖像」の中に何度も出てくる友人川崎昇も余市の出身だ。詩集「雪明りの路」の中に「林檎園の月」、「林檎園の六月」などの詩が収められている。この詩人はその後小説家となり「若い詩人の肖像」を書いた。若い日の恋や憧れを記述したほろ苦い青春記である。伊藤整は詩人から出発して、翻訳家、小説家を経て文芸評論家になった。若い日を思い出す作業には、年を経てからの自分の解釈が入るらしい。桶谷秀昭による評伝「伊藤整」によると、伊藤整の恋人として描かれている女性が事実と異なる部分があると主張したことが書かれている。この自伝的小説がとても面白いので、しばらく前にブログを書いた。

NHKの朝ドラはニッカウヰスキーの創業者、竹鶴政孝夫妻の物語だった。ニッカという社名は大日本果汁に由来する。余市のリンゴ栽培の開始は、明治維新と関係がある。戊辰戦争で敗れ、故郷を離れて余市に入植してきた旧会津藩士らにより、北海道のリンゴ栽培が始まったと伝えられている。1896年には余市のリンゴは「大阪全国大博覧会」で上位入賞を果たしている。竹鶴政孝氏は1894年に広島県で生まれた。伊藤整は1905年に塩谷村で生まれた。竹鶴政孝が壽屋(現サントリー)から独立し、余市に大日本果汁を設立したのは1934年のことだ。したがって伊藤整の青年時代の詩集にはウイスキー蒸留所の話は出てこない。長年の熟成を必要とするウイスキー造りで竹鶴敬孝を支えた余市のリンゴ園は若い日の詩人伊藤整の出発点でもある。

 

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