2015年12月4日金曜日

松谷みよ子 文 丸木俊 画 「つつじのむすめ」

ロンドンを離れて帰国した年の春にロンドンのリッチモンド公園の中にあるイザベラ植物園がツツジの名所であることを教えてもらった。4月の末から5月の後半までの一か月ほど何度も通って素晴らしいツツジの写真を撮影した。その時にウェブサイトで長野県上田市に伝わる「つつじの乙女」という民話のことを知った。この話をもとにして松谷みよ子さんが1974年に「つつじのむすめ」という絵本を出版している。原爆の絵で知られる丸木俊さんが絵を描いた。この秋に帰国してからamazon でこの絵本を入手した。乙女の真摯な恋心ということで子供向けの絵本になったのだろう。全国学校図書館協議会選定の「よい絵本」という帯がついている。

ウェブサイトで物語については知っていたが、丸木俊の絵と眺めながら文を読んでみると鬼気迫るものがある。いくつもの山を隔てて住んでいる若者と娘が祭りの晩に出会い、恋をする。若者に会いたい気持ちを抑えられない娘が夜になるといくつもの山々を越えてやってくる。娘のお土産は温かいつきたての餅だった。ある時不審に思った若者が、その餅について問い質すと、娘は手に握ったもち米が体の熱で餅になっただけだと答える。これを聞いて娘が異常な力を持っていることを確信した若者は怖ろしくなった挙句に、娘を谷底に突き落としてしまう。それからこの谷に真っ赤なつつじが咲くようになったという物語だ。

いくつもの山々を越えて夜ごとに訪れる娘の異常な力、つきたての柔らかい餅、真っ赤なつつじ。恋する若者たちの描写が鮮烈だ。やがて怖れをなし、娘が疎ましくなる男心というのもありそうな話だ。「よい絵本」に選定されているくらいだから、直接的な表現はいっさい出てこない。表現されているのはけなげな恋心と、一生懸命さ、恋の成就を願う激しい情熱だけなのに、思わず息を止めてしまいそうなくらいに妖しく美しい絵本になっている。

長野県では上田市以外にも似たような民話が存在しているそうだ。共同体としてのムラ社会でこのような民話が語り継がれる理由は明らかだろう。若者にとっては恋の火遊びがトラブルに発展することの戒めであり、娘たちにとっては男というものが移り気で無責任で、逃げ出すとなったら過ちも犯してしまいかねない弱虫であることの戒めだ。「一時の熱情に惑わされず、親の決めた伝統的な結びつきが良い」という説話なのだろう。

イザベラ植物園のツツジの美しさに感動した時に、田中冬二のツツジの詩や、新潟県の佐渡情話を連想したことにも関連して、この物語についてブログを書いている。この絵本を読んでもう一度ブログを書こうと思ったのは、この絵本の12ページにある絵を見て、新しい連想が生まれたからだ。この絵が何かに似ていると思ったら、「日高川」の清姫の図と共通していることに気が付いた。恋する気持ちの激しさというのは古今普遍のテーマである。




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