2015年8月12日水曜日

2015年のピンボール・イン・ロンドン 「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」

地下鉄ピカデリーサーカス駅の近くにあるウォーターストーン書店がすごいことになっていた。入ったばかりのメイン・ホールが村上春樹の「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」が背中合わせ(back-to-back) になっている英訳本だらけでいっぱいだ。おまけに特製のムラカミ・ピンボール・マシンが置いてある。記念に触らせてもらおうと思ったが、機械の不調でプレーできなかった。この特別プロモーションが始まってもう一週間くらいになるらしいから、人気がありすぎて機械が壊れたようだ。ロンドンの大型書店では老舗のフォイルズが有名だが、ウォーターストーンは大規模チェーンであちこちにある。このチェーン店のピカデリーサーカス店は、その昔シンプソンズという百貨店だった建物を改装したもので、おそらくロンドン最大の書店だ。著者のサイン会など様々な催しも開かれる場所だ。

村上春樹氏の「海外でもっとも売れている日本の小説家」という地位が確立してから久しい。こちらの世界とあちらの世界が交互に登場する小説の構造と、時折りの過激な描写と、喪われた人に向けて静かに語りかけるテーマは翻訳で読んでもわかり易そうだという気がする。「1973年のピンボール」の方は英語訳を観た記憶があるので米国では紹介済みかも知れない。この作家の、出発期の重要な作品がこれまで英国で未紹介だったのは意外な感じがする。他のほとんどの作品は英訳で紹介済みだ。ウォーターストーン書店のメイン・ホールで英国人らしい女性二人が「あらっ!ムラカミの新しい本だわ」 と手にとっていた。今年の5月に蜷川幸雄演出の「海辺のカフカ」がロンドンで上演された時に、舞台を見ている。客席は日本人よりも現地の人でいっぱいで、上演が終わった時も満場の拍手だった。この舞台の上演で90年代からロンドン公演を続けている「世界のニナガワ」はもちろんだが、「世界のムラカミハルキ」が英国のファンに再認識されたことは間違いないと思う。ヒロイン「佐伯さん」を演じた宮沢りえの透明感には鬼気迫るものがあった。


初期3部作の始めの2作は村上春樹ファンにとっては重要な作品だ。1979年に村上春樹が「風の歌を聴け」でデビューした年に、わたしは学校を終えて社会人になった。この人の本はそれから読み続けているので長い付き合いだ。好きな作品をわたしなりに3つ選ぶとしたら「風の歌を聴け」、「羊をめぐる冒険」、「国境の南、太陽の西」ということになる。50歳を過ぎた頃から、もう一度村上春樹に興味を持つようになった。仕事で訪ねた様々な国の書店でこの人の本に再会したからだ。ロンドンでも、サンクトペテルブルクでも、スコピエでも、ビシュケクでも村上春樹の本は書店に積まれていた。「ハルキ・ムラカミが好きだ」という知り合いも多い。この根強い人気の理由は何だろうかと考えるようになった。

「羊をめぐる冒険」などいくつかの長編を例にとれば、村上春樹の本には普遍的なテーマと明確な構成がある。あちらとこちらの世界の間で迷いがちな主人公がいて、物語は二つの世界でパラレルに進行する。小説は短い章立てで二つの世界が順番に切り替わる。別の世界への「入り口」として古井戸やら、深い森やら、高速道路の非常階段やらが登場する。主人公は読者を巻き込んで「自分は誰なのか」「自分はどちらに属しているのか」などの疑問の解明するために物を探したり、人を探したりする。想いを残したままこの世を突然去ることになった人々は、あの世でもこの世でもない境界に「不完全な死者」として浮遊している。残された人が突然消え去った人に向ける強い想いが、浮遊する者たちをこちら側の世界に誘い出す。失われた者と残された者が再会できると、ようやく葬送の儀礼が完結するので、思い残すことなくあの世へ旅立つことができる。これらのパターンは多くの長編作品に共通している。この人の本は世界中のあちこちで読まれている。

https://instagram.com/p/6AMy5oCf60/?taken-by=waterstones

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