2016年1月5日火曜日

池澤夏樹 「母なる自然のおっぱい」 桃太郎について

池澤夏樹氏は好きな作家だ。芥川賞を受賞した「スティル・ライフ」、「夏の朝の成層圏」、「マリコ/マリキータ」などいくつか懐かしい作品がある。「ブッキッシュな世界像」という書評も印象に残っている。池澤氏の桃太郎に関する文章が教科書にふさわしいかどうかが新聞で話題になったことがある。池澤氏はエッセイ集「母なる自然のおっぱい」(1993年) の中で「狩猟民の心」という文章を書いている。日本のヒーロー物語である「桃太郎」の話は、よその国に出かけ行って、そこに住んでいる人々を退治してしまう侵略の物語でもあるという趣旨の指摘がなされている。池澤氏は北海道で生まれ、ギリシャに住み、南の島を舞台にしていくつかの小説を書いた人だ。「狩猟民の心」は北海道のアイヌの人々のことを意識して書かれている。中央に住む人々の物の見方がすべて正しいとは限らないことについて指摘した文明批評の文章だ。

この本の文庫版(1995年、新潮文庫)のあとがきに、「福沢諭吉がまったく同じことを書いていたことに気がついた」と池澤氏は書いている。明治4年(1871年)に書いた「日々のおしえ」という文章の中にも、桃太郎に関する記述がある。「鬼が悪いことをしたのなら、それを退治するのは良いことだ。しかしその宝物を持ち帰りおじいさんとおばあさんにあげたのでは、ただ欲のための仕事であり、卑劣千万なり」という批判だ。これは立場を変えて物事を見るということ以上に、正しい動機で始まった行為が、その遂行の過程で変質する可能性についての鋭い指摘でもある。

昨年の新聞広告クリエーティブ・コンテストで最優秀賞を取った山崎博司氏のコピーのことを思い出した。「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました」というコピーは様々なメディアで紹介されていた。物事を両方の立場から見ることの大切さを訴えた力のあるコピーだ。山崎氏はシリア内戦に対するアメリカの軍事介入がきっかけになって、このコピーを書いたとインタビューで答えている。

桃太郎侍が悪党をバッサリやっつけたり、水戸の御老公が悪代官を懲らしめたり、遠山の金さんが人助けをしたら気分が良い。善のメタファーとしての善玉ヒーローがいる。悪のメタファーとしての悪役ヒールがいる。それを決まり事として受け入れてから、勧善懲悪の時代劇は成立する。現実には桃太郎と鬼が様々な理由でマスクを付け替えたりして、中身が変わっている場合もあるだろう。これは例えて言えば、外交交渉の代表団が、国益を守るために鬼神が乗り移った如くの激論を戦わせ、ようやく落としどころで合意した後で、本国にもどったら別の表情で、別の言い方をする必要があることにも似ている気がする。桃太郎の鬼退治が侵略でいけないのであれば、熊を相撲で負かした金太郎は動物虐待で、弁慶を負かした牛若丸は宗教弾圧になりそうなものだが、こちらの話はまだ聞こえてこない。


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