2014年10月14日火曜日

太宰治「竹青」と三つの変身譚

太宰治「お伽草紙」(新潮文庫)の中に入っている「竹青」は好きな作品だ。受験の頃にZ会という通信添削サービスがあり、現代国語の練習問題に出題されていたので懐かしい。中国の古典「聊斎志異」にある原作を翻案した1945年の小説だ。翻案物ということでは芥川龍之介が1920年に書いた「杜子春」と共通するところがある。落ちぶれて途方に暮れていた杜子春は仙人に気に入られて二度まで豪華な生活を経験するが、やがてその空しさに気がつく。三度目に仙人に会った時には仙人になりたいと願う。この時に仙人になるためのテストに失敗してしまうが、実はそれは正しい選択だった。「竹青」の主人公である魚容も神の使いである竹青に二度試される。気が弱くて決断力にかける魚容は二度目の試験にも失敗してしまうが実はそれが正解だった。この結果、杜子春も魚容もハッピーエンドを迎える。

もう一つ中国古典の翻案として中島敦が1942年に書いた「山月記」がある。この小説は高校の現代国語の教科書に採用されているので懐かしい。覚えている人も多いだろう。この本は「人虎伝」という原作に題材をとっている。「山月記」の主人公である李徴は俊才で、官吏としての自分に飽き足らず詩人になることを目指す。官職を辞して筆で立つことを志すがうまく行かない。やがて詩人として成功したい焦りと、高官の途を捨てたことへの悔いとの板挟みで人間でなくなり、虎になってしまう。「竹青」の魚容は平凡な暮らしで人々に侮られることが嫌で逃げ出したいと思っている。「山月記」と違うのはどこにでもいそうな平凡な男として描かれていることだ。ある日、神の使いである竹青が現れて神に仕えるカラスに変身させてくれる。主人公のタイプは正反対だが今の生活に満足できず,変化を望む気持ちが変身につながるところは共通している。


「杜子春」は「変身譚」ではないが、仙人になる試験のところで畜生道に落ちて牛に変身させられた両親との出会いが物語の重要な場面なので、広い意味では変身話である。以上三作の中国古典の翻案作品には共通な部分が多い。ハッピーエンド物語を書いた芥川龍之介と太宰治は自殺した。虎に変身したまま救われることのなかった男の物語を書いた中島敦は33歳で病没している。合掌。

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