2014年10月3日金曜日

宮本輝「ひとたびはポプラに臥す」「草原の椅子」

宮本輝を最初に好きになったのは太宰治賞を取り、映画化もされた処女作「泥の河」(1977年)だ。その後も「錦繍」(1982年)など印象に残る作品を読んだ。この人の作品を集中的に読むようになったのは「ひとたびはポプラに臥す」というシルクロード紀行を読んだのがきっかけだ。1997年から2000年にかけて全6巻が完結した長編だ。「月光の東」(1998年)にも中央アジアにからんだ話が出てくる。この作家はやはり中央アジアにこだわった井上靖と親交があったようだ。「月光の東」を読んでから、ロンドンの書店で「草原の椅子」(1999年)を取り寄せてもらっている間に、「愉楽の園」(1989年)、「睡蓮の長いまどろみ」(2000年)を読んだ。この人には「泥の河」など初期作品以外にもいくつもの傑作があることにようやく気がついた。

「愉楽の園」はバンコックを舞台にした物語だ。この中に「セイロンで爆弾テロがあったそうです」というニュースが出て来る場面がある。スリランカの首都コロンボで爆弾テロがあり100人以上が死傷したのは1987年4月のことだ。この物語は1986年から2年にわたり文芸春秋に連載された。1985年から2年間、コロンボ大でシステムエンジニア隊員として働いていたつれあいを訪れたのは1987年の5月だ。それからスリランカ、インド、ネパールと回ったのが生まれて初めての途上国体験となった。長らく駐在生活を送った中央アジアがらみで見つけた本が、現在の海外生活の原点であるスリランカにつながったことで不思議な気がした。

1997年のシルクロードの旅以降の宮本作品の中でも「草原の椅子」は読み応えがある。「遠間憲太郎が、突然、老人に話しかけられたのは、夕日がラカポシの頂きのうしろに隠れ、フンザの村の家々に明かりがつきはじめ、星が姿をあらわした時刻だった。」カラコルム渓谷の中に位置するフンザの追憶から始まり、再訪の旅で終わるこの本を読んで行ってみたくなった。主人公の遠間がフンザを再訪する直前に瀬戸内の海を眺めながら携帯でヒロインに電話する場面がある。浜辺に寝ころんで母の思い出につながる詩を諳んじる場面がいい。中原中也の「湖上」という詩の前半が引用してある。佐藤浩市主演の映画もすばらしい。娘役を黒木華が演じている。


宮本輝は自伝的な大河小説「流転の海」を1984年に書き始めた。この本は30年経った現在、第7部まできている。昭和の時代を描いた傑作だ。「泥の川」「蛍河」「道頓堀川」など初期の傑作の世界が変奏された形で出てくる。まだまだ書き続けてほしいと思う。楽しみだ。



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